茅場橋(かやばばし)

茅場橋は江戸時代にはなく昭和4年12月に震災復興事業として架けられた橋です。

名の由来はこの辺りが茅場町と言うからですが、茅場町自体の名前の由来は、寛永年間に当時の大事な建築材料である茅の集積場を火災予防のため神田橋外からこの地に移したことによるそうです。
家康が江戸入城した際に、神田橋門の茅商人を沼沢地に移住させた事が茅場町の名の由来となったとも言われますがほとんど同じですね。

茅とはイネ科のススキ・チガヤやカヤツリグサ科のスゲなどの総称で屋根をふく材料とする草のことです。茅葺屋根、最近は地方でもめっきり少なくなりましたね。

江戸時代の茅場町は、商家として繁栄していたようで、酒問屋をはじめ、材木屋、傘屋、瀬戸物屋等の他に、饅頭屋、船問屋が繁盛していたと云われています。上方(大阪)からの船便があり景気が良かったんですね。

茅場橋の外観

茅場橋の外観です。この橋は平成4年9月に架け替えられました。

川を覆っているのは首都高速6号向島線です。 この高速は近くの江戸橋ジャンクション(JCT)から、東京都葛飾区の堀切ジャンクションまでの約9.5kmです。
6号向島線は江戸橋ジャンクションで都心環状線と繋がり、堀切ジャンクションで中央環状線に接続しています。

茅場橋の欄干

茅場橋の茅場橋の欄干は渡し舟がデザインされています。21_鎧橋の鎧の渡しが近いですからね。

茅場橋の親柱

茅場橋の親柱。重厚さを感じますね。
この先に文具で有名なぺんてる社があります。親柱の左奥の白いビルがそのぺんてる社です。

松尾芭蕉の高弟「其角住居跡」の碑

松尾芭蕉の高弟「其角住居跡」の碑があります。

松尾芭蕉の高弟「其角住居跡」の碑

代表作は
 「錦とりてねびまさりけり雛の顔」
 「越後屋にきぬさく音や更衣」
 「日の春をさすがに鶴の歩みかな」

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