常盤橋(ときわばし)

この常盤橋は下流の常盤橋です。上流の常磐橋と同じ"ときわばし"ですが、漢字が違います。常盤橋と常磐橋。"盤"と"磐"の違いです。ただし発音はいずれも"ときわばし"。混乱しますよね。

この下流の常盤橋は車両も通行しますが、上流の常磐橋は車両は通行できません。

常盤橋

常盤橋の右アーチを船がくぐっています。この船は写真左下の船着場より出航した船。

常盤橋親柱と橋の概観

常盤橋の概観。この常盤橋は車両を通しますが、上流の常磐橋は車両は通しません。

常盤橋の親柱

常盤橋の親柱。痛んでいますが立派で威厳があります。

常磐橋親柱の橋名

常磐橋親柱の橋名

常盤橋門跡(ときわばしもんあと)

常盤橋門跡は国指定史跡で、江戸城枡形門の一つであり、寛永6年(1629)に築かれています。
古くは浅草口・追手口とも呼ばれ、田安門(上州口)、神田橋門(芝崎口)、半蔵門(甲州口)、外桜田門(小田原口)と共に江戸五口に数えられました。江戸城外郭の正門なので大手口ともよばれていたともいわれています。

常盤橋門跡

常盤橋門跡の説明柱。常盤橋門跡は国指定史跡。

常盤橋門跡について

常盤橋門跡について。
此処は江戸城大手門外郭の正面に当たり江戸初期には浅草門又は大手口と云われ奥州街道に通じる重要な場所でしたが、其後門が設けられ常盤橋御門と呼ばれるようになりました。
此門は石塁で、ます形を築き正面は冠水(かぶき門)、ここより入って右側の石塁に渡りやぐら大門があり、郭内に入るように造られ寛永年間を初め、数度の改修築をうけました。
又常盤橋は浅草橋とも大橋とも呼ばれ木造でしたが、明治十年現在のような洋式石橋に架け替えられました。
明治維新後、門はその大部分を取除かれ残ったます形の一部及び常盤橋等も、大正十二年の関東大震災によって相当の被害を受け、昭和八年財団法人澁沢青淵翁記念会の御好意により復旧整備のうえ、東京市の公園として公開されました。
現在は文化財保護法により史跡として保存されております。

常盤橋門の説明

常盤橋門
常盤橋門は江戸城外郭の正門として奥州道に通じ、敵の侵入を防ぎ、味方の出撃を容易にする為、大きな切石で積み上げられた「コ」の字型の枡形門である。
又、天正18年(1590)架橋といわれる旧常盤橋は、両国橋がかかるまで江戸一の大橋であった。
現在の石橋は門跡の石等も使い、明治10年に改架したもので、様式石橋の創始といわれている。
この常盤橋の名称は、家光の時代「色かへぬ松によそへてあづま路の常盤の橋にかかる藤なみ」の歌に因みつけられたものといわれる。

マナーの余り良くない方が居るようですね。お互いに注意したいものです。

文化財を大切にしよう

文化財を
 大切にしよう
 区立常盤橋公園と日本橋川に架かる常盤橋は、「常盤橋門跡」として国の史跡に指定されています。川沿いにある石垣は、江戸城の城門にみられる枡形石垣の一部です。
 文化財は、国民の貴重な共有財産です。石垣に登るなどの危険な行為や、石垣にものをぶつけるような行為はやめましょう。
 文化財を皆さんの手によって大切に保存して、後世に引き継いでいきましょう。
平成十七年八月
     千代田区教育委員会

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