宝田橋(たからだばし)

宝田橋は、雉子橋の上流約350メートルの所にあります。竹平通りに架かり、東側は神田神保町、西側は九段南。 九段南一丁目から神田神保町三丁目に通じています。1929年に、初めて架けられ木橋でした。現在の橋は、1968年架設されています。

日本橋川の西側は、内堀通りが日本橋川と平行して走い内堀通りに、九段会館、千代田区役所、九段合同庁舎等が並びます。

九段会館は、昭和初期に流行した帝冠様式で、在郷軍人会が軍人会館として、1934年に建設。旧称「軍人会館」です。1936年の二・二六事件の際に、戒厳司令部が設置され、戦後、連合軍に接収、連合軍の宿舎として使用されています。1953年に国有化され「九段会館」と改名。 現在は、結婚式場、会食等、多目的に利用される施設として有名ですね。

宝田橋の外観

宝田橋の外観です。ここも高速の下です。

宝田橋の親柱

宝田橋の親。ややさびしい・・

竹平通り

旧憲兵司令部下士官寮である竹平寮があったことから竹平通りと呼ばれています。

竹平通りの案内板

竹平通りの案内板。

九段会館(くだんかいかん)

九段会館は軍の予備役・後備役の訓練、宿泊を目的に昭和9年(1934)に作られ、二・二六事件で戒厳司令部が置かれたり、昭和20年(1945)9月、連合軍に接収され昭和32年(1957)1月まで連合軍の宿舎として使用されたりしました。昭和28年(1953)国有化され軍人会館から九段会館に名称変更され"財団法人日本遺族会に対する国有財産の無償貸付に関する法律"で日本遺族会に貸出されています。

九段会館

帝冠様式の九段会館
帝冠様式とは、鉄筋コンクリート造の現代建築に和風の瓦屋根を載せた和洋折衷の建築様式で昭和初期の日本でブームになったものです。東京帝室博物館(現・東京国立博物館)も帝冠様式として有名です。

九段会館

皇居側から見た九段会館。帝冠様式の建物は「軍服を着た建物」という異名もあります。

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