俎橋(まないたばし)

俎橋は、なんと銅製桁橋です。桁橋と言うの長い板や丸太を両岸にかけた様な単純な構造ということで言う。もちろん、俎橋が単に丸太を両岸にかけた橋でないは言うまでもありません。

俎橋は、宝田橋の上流約200メートルの所にあり、九段北一丁目と九段南一丁目の間の靖国通りを神田神保町三丁目に通じる橋です。古くは大橋・魚板橋とも呼ばれていたといわれています。

俎橋の名の由来は、はっきりしませんが、江戸時代に御台所町が近くにあったことが関係するといわれていますし、当初、まな板を渡した様な感じであったからとも言われています。「俎」は「まな板」と同じで、調理で食材を切る際に台として用いるあの板です。俎板、真魚板も同じ発音で同じ目的の道具。真相はどちらでしょうか

俎橋の外観

俎橋の外観です。まな板に見えますか?

俎橋の親柱

俎橋の親柱。

蕃書調所跡(ばんしょしらべしょ)

「蕃所調所」の標柱が、九段坂下交差点の交番脇にあります。洋学の研究所として、1856年に設立。南蛮の学問の研究と云う意味で「蕃所調所」と呼ばれ、1859年に、小川町に移設され「洋書調所」「開成所」、明治時代になり「大学南校」「開成所」「東京大学」と改称。

蕃書調所跡

蕃書調所跡

常燈明台(じょうとみょうだい)

九段坂、田安門交差点付近に「常燈明台」があります。幕末から明治初期に流行した和洋折衷様式の高燈籠で靖国神社に捧げるお灯明台として、1871年に建造されました。当初は、靖国神社の献灯として靖国神社には無いのあったが、1930年に現在地に移築したそうです。品川沖、房総等東京湾をで出入りする船等から「常燈明台」の灯りが見えたと云われています。

常燈明台

常燈明台

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