南堀留橋(みなみほりどめばし)

南堀留橋は、橋桁は3スパンの銅製、欄干は青色に塗られた鉄製。「俎河岸(まないたかし」が、1664年に設けられ、南堀留橋が、1928年に架橋されるまで、河岸として賑わっていたと云われる。

南堀留橋の外観

南堀留橋の外観です。ここも上に高速道路が通っています。西神田ランプの関係か高速道路が低くて暗いです。
橋には「南堀留橋」と書かれています。船が通りますから、識別しやすいように配慮しているんでしょうか。

南堀留橋の親柱

南堀留橋の親柱。上手な字ですね。

滝沢馬琴硯の井戸跡(たきざわばきん すずりの いど あと)

南堀留橋の西側、目白通りの九段北1丁目交差点に「滝沢馬琴硯の井戸跡」の標柱があります。
「南総里見八犬伝」「椿説弓張月」などで有名な滝沢馬琴は、旗本の5男として誕生し、27歳の時、九段中坂の下駄傘伊勢屋の寡婦に婿入り。 江戸中期1793年から31年間居住した。滝沢馬琴が使った云う「硯の井戸」の石桁が復元されています。

滝沢馬琴 硯の井戸跡

滝沢馬琴 硯の井戸跡

滝沢馬琴 硯の井戸跡 説明

滝沢馬琴 硯の井戸跡 説明

滝沢馬琴 硯の井戸跡 説明柱

滝沢馬琴 硯の井戸跡 説明柱

築土神社(つくどじんじゃ)

九段1丁目の交差点から、中坂を上って行く途中左側に「筑土神社」がある。江戸三社のひとつ「筑土神社」は、「江戸明神」とも呼ばれ、祭神は「平将門」。江戸時代には「椿椿山(つばきちんざん)」の描いた竜の天井絵や滝沢馬琴の描いた蓮の絵等が奉納されていたと云うが、残念ながら、焼失して現在はない。筑土神社の境内には、2つの力石と一対の狛犬が鎮座している。中坂の名の由来は、九段坂と冬青木(もちのき)坂の間にある事からと云われている。「江戸切絵図」では、中坂は九段坂よりも大きく描かれている。

九段坂(くだんざか)

中坂は、滝沢馬琴が婿入りした商家があるように、町屋軒を並べ賑わいがあったようです。九段坂は、崖っぷちの細い坂道だったようです。

九段坂は、九段下交差点から靖国神社の南側に上る坂です。九段の由来については、江戸城吹上庭園の役人の官舎が坂の途中に9棟並んでいたからとも、急坂で九つの段があったともいわれています。飯田町の坂であるところから、古くは「飯田町坂」、「飯田坂」などとも呼ばれていました。この坂上は観月の名所として知られ、毎年一月と七月の二十六日を、二十六夜持ちと称し、人々が坂上で月の出を賞したということです。

飯田町坂跡

飯田町坂跡

九段坂説明

九段坂説明

九段坂説明のアップ

九段坂説明のアップ

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