あいあい橋(あいあいばし)

あいあい橋は、日本橋川で最も新しい単純銅床版箱桁橋で、日本橋川としては唯一の歩行者専用橋として架橋です。従って車は通行出来ません。

戦前はここに木橋の新飯田橋が架かっていたそうですが、空襲で壊れた後再建されません。

橋名は、一般公募により付けられており、「飯田橋」 の頭文字の 「i」 と「多くの人々が集い来たり、和気あいあいの場となるように」との願いが込めて「あいあい」としたそうです。
新飯田橋に愛着なかったんですね。お猿さんファンの陰謀だったりして。まさかね(^^;

この一帯、江戸時代は讃岐高松藩松平家の上屋敷で再開発に伴い、発掘調査が行われ、当時の生活を物語る御殿、庭園、上下水道、穴蔵等の遺構が、多々発見されています。

讃岐高松藩松平家と小石川の水戸徳川家とは、深い絆で結ばれていて、家康の11男「頼房」は、水戸藩徳川家の祖。2代目を継いだのが、頼房の三男の黄門さま事「光圀」。
長兄「頼重」は、高松藩主となり、西国大名、瀬戸内水軍の監視役となった。
三男でありながら藩主となった光圀は、長兄「頼房」の嫡男「綱条」を養子とし、水戸家3代藩主に迎えた。
光圀の嫡男「頼常」を高松藩徳川家に養子に出したのだ。
長子世襲を重んじる家康の意志を光圀が、受け継いだ。「綱条」に家督を譲った後「光圀」は、西山荘に隠居。
光圀隠居後のご活躍は「水戸黄門」で余りにも有名ですね。

あいあい橋の外観

あいあい橋を上流から見ています。あいあい橋はピンクです。この先に日本橋があり、もっと先は隅田川。

あいあい橋の親柱

あいあい橋の親柱。大きく、立派で、頑丈そうな親柱ですね。

鴨の親子オブジェ

鴨の親子オブジェ。おサルさんだったら皆さん橋名由来を勘違いしますね。

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