隅田川・永代橋

中央大橋をくぐると青いアーチの「永代橋」が見えて来ます。

永代橋は、新川(中央区)と深川(江東区)に架かる橋です。永代橋の初架は、元禄11年(1698)、5代将軍綱吉の生誕50年を祝して架橋されました。永代橋が架橋されるまでは「大渡し(深川)の渡し」がありました。江戸時代には、隅田川最下流の大橋として、橋上から「西に富士、北に筑波、東に上総、南に箱根」と称されるほど見晴らしの良い場所であったと記録に残ります。

中央大橋真下から望む永代橋

中央大橋真下から望む永代橋。左上は中央大橋の橋桁です。中央大橋をくぐり終えようよする瞬間の写真です。永代橋の美しいシルエットが写真中央に見えます。

永代橋には、悲しい歴史もあります。文化4年(1807)の深川富岡八幡宮の12年ぶりの祭礼に詰め掛けた江戸庶民の重みに耐え切れずに落橋し、千人以上の死者を出してしまいました。江戸の狂歌師・大田南畝(なんぽ)が「永代と かけたる橋は 落ちにけり きょうは祭礼 あすは葬礼」と狂歌を詠んでいます。

永代橋

永代橋は落橋後、幕府が再架橋しました。明治に入り、道路橋として日本初の銅製アーチ橋が改架されました。関東大震災で廃橋となり、大正15年(1926)に関東大震災復興事業の第一号のアーチ橋として、現在の永代橋が改架します。

永代橋

名橋・永代橋は、平成19年(2007)勝鬨橋、清洲橋と共に国の重要文化財(建造物)に指定されました。

改架された永代橋のモデルは、ドイツ・ライン川に架かる「ルーデンドルフ鉄道橋」です。そのせいでしょうか、永代橋は「帝都東京の門」の男性的な趣(おもむき)があると云われるのに対し、一つ上流に架かる「清洲橋」は「震災復興事業の華」女性的な趣があると云われています。日中の重量感溢れる永代橋も素敵ですが、日没後のライトアップされた永代橋も、とても美しい景観を誇っています。

永代橋の橋下

永代橋真下です。右上奥が日本橋川です。

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