隅田川(大川)

舟は、亀島川水門をくぐって隅田川を走っています。亀島川から、隅田川上流に向かいます。日本橋川、亀島川の穏やかな川とは違います。江戸時代には、大川と呼ばれた隅田川です。まるで、海を漂っているような感覚です。この隅田川を数キロ下ると東京湾です。

隅田川

隅田川は、東京都北区の新岩淵水門で荒川から別れ、新河岸川・石神井川・神田川・日本橋川などと合わさり東京湾に注ぐ全長23.5kmの河。この位置から東京湾は近いです。
写真奥の橋は、中央大橋でその手前の三角の物体は、霊岸島水位観測所です。

佃島は、隅田川河口に三角州を埋立てられた島です。 徳川家康が江戸入りの際に、摂津の佃村から呼んだ漁夫が住む為に造られた町です。佃島は、江戸の魚業の中心地として賑わいをみせたと云われています。

佃島と云えば佃煮が有名ですが、佃煮は摂津の漁夫が、佃島周辺の海産物を醤油で煮た保存食が、江戸に広まりました。舟からは、香りませんが、佃島を散策すると食欲をそそる佃煮の醤油等の香りが漂うとの事です。

佃島

江戸時代は、一大魚業基地として賑わいをみせた佃島。葛飾北斎が佃島を「富嶽三十六景色」に描いています。

時代が進み江戸の人口が増えると寛政の改革の一環として、鬼平こと長谷川平蔵が、佃島に人足寄場を設置し、 さらに幕末に近づくと、幕府は佃島に造船所をはじめました。明治維新後、民間に払い下げとなりました。 現在の佃島は、幸いにも戦災を免れ、江戸情緒が残る木造家屋等と高層マンション群が同居しています。

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