亀島川・亀島橋

新亀島橋の一つ下流の橋は「亀島橋」です。亀島川は、町に瓶(かめ)を売る者説と、亀に似た小島説があります。 どちらが本当なのか、またはいずれも違うか、いずれも正解か判りませんが、亀島橋の欄干のデザインは「亀」。

上流からの亀島橋

上流からの亀島橋。
電気ボートの行く手には亀島橋。もう時期亀島橋をくぐります。 亀島川で亀島橋ですから主役級の橋なんです。亀島橋の欄干は「亀」のマーク。これが主役のシンボルで貫禄ですね。

亀島川は地図を見れば判りますが、L字の川です。霊岸橋←→新亀島橋←→亀島橋が直線で、亀島橋←→高橋←→南高橋も直線です。という事はこの亀島橋でほほ直角に折れます。

上流からの亀島橋

亀島橋をくぐりました。下流から見た亀島橋です。亀島橋の欄干のデザインは、6角形の亀の甲羅のイメージです。実際に亀を目撃することもあります。
この辺りでカーブしているのが右壁面や、船の航路跡からも読み取れますね。

上流からの亀島橋

下流からの亀島橋。亀島橋は遠くなりにけり。
橋の奥のビルはホテルサードニクス。橋を左に進むと新大橋通りの八丁堀交差点です。

八丁堀

江戸時代、江戸町奉行所の与力や同心が住んでいたのは八丁堀で、江戸時代劇に良く登場します。八丁堀とは堀の長さが長さが八町(約872m)であることに由来しますが、八丁堀とはどこにあるのでしょうか?
実は、八丁堀は埋め立てられ現在は存在しません。近くの桜川公園に八丁堀(桜川)跡の説明があり、”昭和35年から昭和41年頃には、中ノ橋から稲荷橋までを残して桜川の上流が埋め立てられ、その後、桜川は完全に埋め立てられました。”と記載あります。

八丁堀(桜川)跡 ■八丁堀(桜川)跡
明治時代に八丁堀は桜川と呼ばれています。既に、楓川(もみじがわ)、入船川、築地川も埋め立てられました。亀島川は健在です(^^)

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