日本橋川・日本橋

西河岸橋の一つ下流の橋は19_日本橋です。お江戸日本橋と親しまれている日本橋は、江戸開府の年1603年に初架された木橋と云われています。現在の日本橋は、第19代目で明治44年(1911)に改架された花崗岩の石造2連アーチ橋で、国の重要文化財に指定されています。日本橋の橋銘は、徳川15代将軍「慶喜」の筆によるものです。
徳川15代将軍「慶喜」の"日本橋"筆はこちらです。
徳川15代将軍「慶喜」の"にほんばし"筆はこちらです。

日本橋

日本橋の欄干には、飾り街灯やブロンズ像等さまざまな意匠が施(ほどこ)されています。繁栄を表す「麒麟」のブロンズ像は二対に背中合わせに、守護を表す「獅子」は改架当時の東京市の紋章を携えています。
又、日本橋が開架された翌年1604年に、幕府より主街道に「一里塚」を設置するが厳命が下された。日本橋は、五街道の起点である事から、欄干に一里塚をモチーフした松と榎のデザインが施されています。

日本橋の北詰西側(三越本店側)には、日本道路元標のレプリカがあります。「東京は日本橋、京都は三条大橋の中央をもって国内諸街道の元標とする」と定められています。
日本道路元標はこちらです。

日本橋

日本橋

日本橋の南詰西側には、江戸時代は高札場があり、昭和になり「日本橋由来記碑」が設置され、現在は中央区教育委員会の解説板があります。高札場は、幕府が法令(お達し)を板面で掲示し、江戸市民に知らせる場所の事です。
日本橋高札場はこちらです。

日本橋

中央通りを挟んだ日本橋南詰東側には、江戸時代は晒し場がありました。晒し場は、歌川広重「東海道五十三次」の日本橋で、犬の後ろ姿で描かれています。

日本橋 魚河岸記念碑.jpg

日本橋 魚河岸記念碑。左上に魚河岸記念碑は位置します。

日本橋北詰東側から江戸橋までは、魚河岸がありました。この魚河岸は、関東大震災まで続いた江戸、東京の台所でした。魚河岸は、関東大震災後「築地」に移転しました。。
魚河岸記念碑はこちらです。

スポンサードリンク

サイトMENU

Copyright (C) 2008-2016日本橋川・亀島川・隅田川の徒歩と舟の旅. All Rights Reserved.