日本橋川・西河岸橋

西河岸橋 一石橋の一つ下流の橋は18_西河岸橋です。江戸時代に西河岸橋は架かっていませんでした。日本橋の上流に位置しており、江戸時代一石橋から日本橋間は、日本橋川の右岸(現在の日本橋本石町)を「西河岸」、左岸を「北河岸」と呼ばれ、迷子石が出来る程の賑わいをみせていたとの事です。
裏河岸(北河岸)はこちらです。

さて、昔から船をつなげる棒や杭のことを「かし」といい、この装置をイカリの様に船に積んでいて、停泊時に川底や岸に刺していたそうです。
その後、岸に「かし」を設置する様になって、岸にできた港や船着場のことを、河岸(かし)と呼ぶようになったらしいです。
魚河岸はもっと発展した概念で魚の市場や市場のある地名を意味します。

西河岸橋

西河岸橋の初架は明治24年(1891)、現在の橋が架けられたのは大正14年(1925)です。東京駅方面から日本銀行方面を結ぶ「日銀通り」を渡る橋で、平成2年(1990)に傷んだ部分の補強と木造建築様式の木組を取り入れる整備等の工事が行われました。

裏河岸(うらがし)

裏河岸(北河岸の説明

裏河岸(北河岸)
所在地 中央区日本橋本石町一一〜日本橋室町一一地域
明治十年十二月、東京府は「日本橋ヨリ以西 一石橋迄」の河岸地、西河岸の対岸を「裏河岸」と命名しました。江戸時代初期、寛永江戸図(一六三四)などでは「北かし」と記されていますが、この北側には北鞘町と品川町があり、御府内沿革図書では、一石橋側を「北鞘町河岸」、日本橋側を「品川町裏河岸」としており、いくつかの里俗名を確認することができます。
『江戸名所図会』によると、品川町裏河岸の通りには、釘・金物の店が多く、釘店(くぎだな)とも呼ばれたといいます。
平成十二年三月
中央区教育委員会

お断り:上の説明版は地上にあり船からは見えません

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